防災コラム
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[しずおか防災人] 被災地の経験無駄にしないで OurBuddy 02
Profile
一般社団法人 大船渡津波伝承館 館長
斎藤 賢治さん
1948年2月岩手県大船渡市生まれ
http://ofunato-tunami-denshokan.jimdo.com/
市民の支え奪う大津波
「何が防波堤だよ!止めてくれ!」。港町をのみ込んでゆく津波を撮影していた男性が、思わず叫んだ悲痛な一言を覚えているだろうか。
声の主は齊藤賢治さん。当時は大船渡市の銘菓「かもめの玉子」を製造する会社の専務だった。齊藤さんは、数年前からなぜか津波の夢をよく見るようになっていたので「遠くないうちに来るな」と直感し、自宅の家具の固定など準備を進めていたという。「当日は計画通りに社員を社屋正面の丘に避難させ、津波を待ち構えました」。社員の安全を確認し海にレンズを向けた齊藤さんの目に飛び込んできたのは、ヘドロをかき上げ、破壊した建物や自動車をのみ込んだどす黒い津波が町を引きちぎる光景だった。
大船渡湾は、リアス式海岸のため細長く、大船渡市はその奥に位置している。チリ地震津波の被害を教訓に湾の入り口に造られた頑強な防波堤は、たびたび津波被害に遭っていた大船渡市民にとって命を守ってくれる頼もしい存在だった。
撮影中に思わず発した一言について聞くと「信じていた『支え』が失われた衝撃と、頼りきりになり、次の備えが不十分だった後悔の念から出た一言だと思います」と静かに振り返った。
教訓生かせず被害拡大
現在、齊藤さんは大船渡津波伝承館の館長として、津波被害から得た教訓を全国各地に発信している。先日は、浜松市で市民を前に講演会を開いた。
終始穏やかな語り口の齊藤さんが強調した津波対策が、安全な避難場所の確認と、そこへ避難する強い覚悟だ。「避難しなかったり、海に向かって自動車で逃げたり、物を取りに家に戻ったりして命を落とした人が大勢いました。行政が決めた避難所だからと、安全な高台からわざわざ移動して犠牲になった方たちもいます。悲しい経験を重ねた地区なのに『揺れたらできるだけ高いところに避難』という鉄則が廃れていました」と齊藤さんは過去の教訓が生かされなかった無念を語った。
3・11以降、注目を集めている標語、「津波てんでんこ」についても、真意が十分に伝わっていないのでは、と解説を加えた。「普段から家族などで安全な避難場所を決め、揺れたら、迷わずそこに逃げる―。事前の取り決めがあってこそ、この標語は成立します。安全な場所を見極めて仲間と情報共有し、一人ひとりが確実に避難することで初めて多くの人が死なずに済むのです」
講演前に浜松市の防潮堤工事現場を見学した齊藤さんは参加者にこう呼び掛けた。「防潮堤だけで本当に大丈夫ですか?高台が少ないため多くの犠牲者を出した仙台市の閖上(ゆりあげ)地区が思い出されました。津波は人工物など軽々と越えて襲ってきます。次の一手はどうするのか、自治体を巻き込んで、早急に議論を深める必要があります。時間は、ないんですよ」
■大船渡津波伝承館
岩手県大船渡市赤崎町
字宮野5-1さいとう製菓七郷ホール内
電話 0192(47)4408
ファクス 0192(47)4428